●作品について●

当サイトに載せております作品は、主に2回目個展後の作品です。全て油彩作品ですがミニチュアールには葉書サイズ水彩もあります。作品についてのお問合せ、ご注文は下記までお気軽にお願いします。。
水彩葉書サイズ マット額は初期より 沢山に増えております。
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髙橋佑理


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絵描き日記
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2013年11月25日
かなり前、弟が実家のアルバムを整理した時、
私に関した古い写真をくれていた。勿論 私が知らない時の
生れる前の色々の写真。その中の一枚。
生母のポートレート、少しはすに向いてセーター姿で
微笑んでいる昭和10年3月「ほほえみの中に」と母が記していたとの事。
娘時代の夢多き頃の無垢な微笑み。。彼女は短命だった。
その頃の優しい弟を感じる。
今、私は彼に実家の後添えの母が送って
くれていた実家伝来の古いものを彼に送る荷を出す。。
古い実家にはお互い懐かしい物があるのか、この年代になり大事に思う。。
もう古い人はいない。物だけだがお互い譲り合う。。
未だ、お元気な80代後半の二人の叔母を大事にしたい。

2013年11月24日
昨夜、私の画室の古いものを整理していてズット以前からの
私が良いと思って仕舞っていた資料が沢山出てきた。
しかし「絵」の価値観というものは時代を経ると変わるのですね。
今の私は「教室」の先生方の「絵」に一筋、ご指導が身についているの。
故郷の先輩の先生がご紹介下さった先生なのです。
故郷の先生には私はズット頼り それに答えて下さり東光会の先生方を
その時どきでご紹介して下さいました。
古いものを整理していて古い古い手紙を見つけた。
私が長男を出産の後、「日展」に初入選をした時、随分喜んで下さった故郷の
ご夫妻からのお祝いのお手紙。森田先生をご紹介下さってご指導頂いた80号。
私は子育てでもう「絵」等は描けないと思い・・頑張ったのでした。。
社宅の狭い台所にテーブル、その上にモデルを置いて描いて。。
予想どうり10年間育児ブランク、ブラジル住まい、帰国後は受験。。
20年の後 又、お願いし東光会洋画研究所へ、再度東光展に出品する。
一生付きまとう私でしたが故郷の先生は今の先生にご紹介下さり。。
ご指導、ここで11月で15年になる。
48年も前の暖かいご夫妻のお手紙、読み返して感激。。した。
ずっとお世話になって・・・ 今の私でお手紙を書きたいと思う。(*^。^*)

2013年11月22日
今日は私の誕生日です。 自分の誕生日といっても
主婦は自分のためにご馳走を作るではなく
「嫁」達からプレゼント等を頂くくらいで。
自分の誕生日は特に覚えている事もない。


只、一回古いアルバムに写真があるので覚えているのは
私が6年生の誕生日。
父が5月5日亡くなってその後の11月の今日のこの日、。、
祖母は私の為に手作りの洋風のご馳走?をつくり祝ってくれた。
父が亡くなった後 2千坪の広い松林や芝生の庭がある
大阪郊外の家だったので、女のみでは物騒だと丁度、隣にあった、
警察の方の寮にお願いして一人の方にお茶室に住んで頂いていた。
祖母がお茶の来客を楽しんだ小さな茶室なのだが。。
隣の寮との垣根の植木を少し取り除いてすぐに出入りできる様にして。
日頃はお仕事でお会いする事もなかったが祖母は私の誕生日に
お招きした。詳しくは覚えていないがその方が撮って下さった写真で
今でも思い出す事ができる。
祖母も母も微笑んで、、。ゆったりのひと時。父亡き後。。
何だか60年前のユッタリした人の心の暖かさを思い出す、その写真で。。


今日、後添えの母の妹、昔世話になった叔母から葉書がくる。。
お誕生日おめでとう、と。
80代後半の一人暮らしの、、私もどうされているか気にしていたが
どうしても筆不精でご無沙汰になっていた。
彼女は紅葉の季節に写生でもしていますか??と。
イヤイヤ、私はそれどころではないが。。「絵」を見せて下さいと書いてあるので
私の近作の写真と葉書サイズの水彩でも送ろうか?と気付く。。

2013年11月21日
私は早朝、目覚めて衣服を整えたら先ずP・Cに座るのが楽しみです。
前日アップしたのを確認しアクセス数、ページビュウの数を
開けてみます。
私が何か新しくアップすると特にページビュウが伸びるのです。
どなたが見て下さるのか?特に何のメールもないし 
只 数だけのご反応。。 もうすぐに6万のアクセス数になるの。
私はとくに小品の発表はもうしないので地元にお願いして
小さな「油絵」と葉書サイズの「水彩画」を取りかえて掛けさせて
頂いています。
しかし人様に見て頂くという事になると半端な「絵」は出せないので
結構私の張りになるのです。
知人からは見ましたよ・・とのお言葉を頂くし。。小さな「絵」でも何も
描いて居ないよりはマシなの。
私の「絵」を見て下さって教えて欲しいとの事を言われる方がある。
お断りするのですが昨日は沢山の私の「絵」を並べて下さっている
P・Cスクールの先生からお電話。大変お世話になっているし近いので
その方にお会いする事になったが。
私はご指導頂いている先生方の「画集」を持っていき
画法など話してみたい。 それが私の「絵」の原点なので。。
2013年11月20日
私は人より変わり者なのだろうか?
一昨日、昨日は主人と出掛け「絵」を全くさわっていない。
昨夜、床に入り、枕元に沢山置いている美術雑誌を久しぶりに
繰り見た。何時もは置いているだけで疲れて、見る事も少ないのに。。
昼間夢中で「絵」を描くという事は知らぬうちに気力を使い
疲れて本を繰り見るどころではなかったのか。。
昨夜は意外と気持ちが余裕だった。
先生や友人の作品が出ている所を見る。今の私の興味の「絵」は
そればかりで。。
ズット、ずっと以前の私の未熟な「絵」を取り上げて下さった別の雑誌を
出して来てこのH・Pにアップ、記録してみようと気付く。
うまく出来るかどうか、「絵」を描かずこんな事を考える。。
2013年11月19日
うちの本棚には有名、著名な画家の画集が沢山あるので
どなたかに差し上げる事を考えていたが。。。
私は現在は、ご指導頂いている「先生」に出会いその画法で描くようになり
以前に集めた「画集」は全く見ていない。
それらの「画集」は先生に出会う前に、あれこれ「絵」に迷い
展覧会に行っては買ったのや海外の英語やポルトガル語の字がある
画集など。
しかしやはり 捨てたり人様に差し上げるのはチョット考えて見る事に。
例えば私達が年老いて「絵」を描かなくなった時に絵本のように
繰り見るかもしれない。。
昔、「絵」を描いていたのでキットそうなる。その後に処分しても良いのだ。

2013年11月19日
カサブランカがまだ綺麗で水彩にでも描けるのだが
今日はそれを止めて、主人と出掛ける事に。
地元以外は一緒に出掛ける事を望む彼。
年を重ねて何かハプニングがある事を心配、気にしている。
もう70*の二人、、お互いに助け助けられの今の生活になる。
金婚式が近く、嫁が気遣ってくれる。。が主人は皆で集まる気にも
ならないらしい。
そっとの二人の暮らしが良いみたい、。
すこし若い私は思った事をズバリと言うがそれが長年連れ添った者
には良いみたい。
うちには独身息子もいるが将来そんな相手が出来る事が良いと思う。
人生の先は解からない。お互いどの様になるか。私達も・・?
気も弱くなったが助け会い、何とか暮らしをして、日々を送って居る。
それは幸せというものか?
ご近所には色々なケースもあり、古いマンションのお知り合いの方々には。
年を重ねるとお気の毒な方もしかしマンション生活では立ち入らず
会釈だけで気遣う。

千葉の古い街を見て来たがやはり 今のここの古いがチャンと計画された
埋立地の街が慣れて便利なのが良いと思った。
しかしこれから 老人になっていくのでうちの中の構造は?不便と感じる。



2013年11月18日
かねてより行こういこうと思っていた「日展」へ主人と行って
来ました。。
毎年拝見する先生方のそれぞれの作品、私の会の
知っている先生方の、又、他の会の「絵」のみで見なれた先生方の作品
入選作の知人の作品、多くの皆様の一生を「大作」にかけられた情熱
頭が下がります。その裏には今年惜しくも落選された方も沢山居られる。
とくに今迄それ程は感じなかったが凄い団体、「日展」を感じました。
存知上げている我が会の先生方、今年の作品は一味違い渋い作品も。
いつもと異なる驚きの作品、毎回、同じような作品ではない。
上には上が皆んな一生懸命の命をかけたご努力の作品が。
足腰と相談して拝見して帰りましたがもう一度行って見たい。
まだまだ12月8日迄あるので。

2013年11月17日
本棚を見ていて忘れていたデッサン画集を見つけた。
私の「先生」が尊敬されている昔の「偉い先生」の黒クレパスの
デッサン画集だった。
繰り見ていると 晩年パリに写生に行かれた時のデッサンと文、
22年前のものだが私もそれを持っている事をスッカリ忘れていた。
私が現在「先生」にご指導頂く様になる かなり前の画集だが
その頃 私はこの偉い先生の作品に憧れと興味を持っていた。
だから デッサン展に伺い このデッサン集を持っていると思う。

現在、私は「先生」に気軽にご指導を受け、そのデッサン展があった
ギャラリイで3年前私の個展をさせて頂き、そこへ伺えば
オーナーご夫妻は親しく対応して下さる。
年月を経ても 私は先人からの良い流れの先生方の下で「絵」を
学び描いていると気付く。。良い出会いの下で。。
その後を継がれている「先生」から 先人のお偉い先生にも
私は親しみを感じる。。「偉い先生」の油絵の分厚い画集も持っている。
今日こそ、先生方の「日展」にようやく行って見る。。
この先生方は「日展」の偉い方々なので。
2013年11月16日
昔、「絵」の先輩から、私は古い所と新しいところがあると
奥様に言われたそうだ。、、と聞いた。
若い私は全く気付いていなかったが。。
この様に自分のブログを書いていて今 自分でも感じる事も。
それは古い家に育ち 新しい事もして。。..
そんな昔はH・Pで自分の思いを自由に表すとは思わなかった。
それで昔の事も書く事になる。
今、私は若手が好きなのはそういう事かな・・

実家の昔の事は息子達には話していない。
知って貰うべきか。。もう・・・
しかし時代が違うか?
2013年11月15日
私は昨年のお正月、いや近年のおせちも手抜きになり
かと言って既成のものは買いたくはない。自分のが良い。
手の込んだうちのブリのお雑煮は大人数には作るのもうやめると
私は宣言していた。立って沢山の野菜切りやると腰がきついので。
お正月は毎年、息子達、嫁達、孫たちも 新年の挨拶に
来てくれるのだが、主人の父、母も加わっていた時もあり 
大家族の主婦を随分やった。。。
もうこの辺で二人ユックリした新年を迎えたい。

それで嫁達にお屠蘇用品を使って貰えるかと連絡して見た。
うちには小ぶりの実家の祖母から貰っているのがあるので。
彼女達はご両人共、昨年安く買ったとの事。プラスチックだともいう。
若い人達は年始にのみ使う物はそれで良いのかと初めて知った。
私達がブラジル帰国当時 私は日本の新年にはどうしてもないと
ダメだと思い高かったが塗りのを一生懸命に買ったのを覚えている。

 


こういう事を考えていると、、私の子供の頃のお正月を思い出す。
広い畳の座敷にそれぞれに装い身を整え 父を上座に
祖母、姉、私、弟達、母は末席にいて弟達の世話、 控えめな母だった、
60年も前の事なのです。
黒塗りの御膳にそれぞれにぶりのお雑煮とその他は覚えてはいないが
かずのこ、黒豆、おなます位だったか?
父が家長で順々に少し控えめな母まで・・・そんな昔の一家だった。
その時の雑煮椀 私が持っているが、この際、弟に一部送る。
古いものへの思い出、この年代の価値観か・・な。?
当時の家族の事も思いだす。


嫁達の、今の時代の判断は当然の事なのかなあ~
 時代と共に価値観も変わる。
お屠蘇を祝うという気持ちだけでも良い。かと思う。。
 
2013年11月15日
「教室」で私達が夢中で静物画の「絵」に取り組んでいると
奥さま先生が柔らかな音楽を流して下さる。
夢中で描いている時 ホット気持ちが和らぐ。
私は自分の画室で描く時 以前はラジカセで
ミュウジック番組を流して描いたものだが。。又、好きな歌手のCD、
奥様先生のシャンソンも、 
しかし 今は描くのに夢中で曲を流す事の余裕も気が付かない。
すぐ後ろにセットはあるのに。
「修整」や描く事に気持ちが一生懸命、これはH・Pに出す事が私を
夢中にさせているから、と思う。
目的があって良いのだが夢中になると結構、疲れる。
カサブランカを生けて修整をするがどうも気に入らない。。
美しい花なのにバックがきたない。
まだ、完成、アップは出来ない。
2013年11月13日
昨日、出掛けたので今日は家にいて、たまった用事と「絵」のお直し。
疲れたら気分を変えてH・Pに座ります。
自分のものなので繰り見てくつろぐ。。気になれば直す。
そういうの一日に何度も、、座ってホットするのです。
久しぶりに小さい「絵」をアップしたら 皆様見て下さり
ページビュウが伸びています。
うちにいてこんな楽しい事をして誰かと誰かさんとのお蔭です。
今、やっている「絵」、2点、早く出したいのだが。。まだ出せない。
右往左往で、毎度のことです。。
運動不足が気になるが うちで本当に楽しいの。
「日展」まだ行けてないの。週末には行ってみたい。

もういらない大きいキャンバス、失礼ながら聞いて見るが欲しい方は
貰って下さるみたい、、「絵」を描く方はヤッパリ気持ちは同じ。。
2013年11月10日
昨日は一日、「教室」へ行って来ました。
様々な静物画のモデルを用意して下さっていましたが
私はカサブランカを10号に描いて来ました。まだまだ完成は
していませんがうちでやってみたいと思います。
体は疲れましたが気持ち、フレッシュになりました。
「絵」に前向きな気持ちを頂きました。
月に一度の人との交流と勉強の楽しい日です。
作品の質問等させて頂き、家で一歩、前進できたらと思います。
疲れて、グッスリ眠って早朝に目覚める。
今日はお直しに明け暮れることでしょう。。。風が強いようなので・・



2013年11月08日
私は15才から油絵を始め、育児の10年間と子供達の受験期を
のぞき どなたかの先生にご指導を頂いて来ました。
現在は芸術院賞ご受賞の先生と奥様先生に「佐藤教室」へ
伺い魅力的な「絵」のご指導を頂いています。



故郷で私に「油絵」を手ほどきをして下さった「自由美術」の青木先生は
娘時代の私にとっては始めてで新鮮でした。。先輩や仲間の方々には
良くして頂き 青春時代の楽しい一時期でした。
青木先生は私がご指導頂いていた時は「抽象画」の大作を描かれ
ていました。が「東光会、日展」出品のご経歴を持たれ 私達弟子には
「東光展」出品を奨めて下さいました。
私の出品のブランクでも その時の先輩の先生が引っ張って下さり、
私は「東光会」ではズットのご縁で来ました。

今、そういうご縁で「東光会」や「日展」出品へのご指導を頂ける
「佐藤教室」へ伺ってご指導頂いております。
もう15年、大変お世話になっておりますが
お陰さまで 私の一生の殆どを油絵に費やして来る事が出来ました。。

私の昔、むかしの話を書いて。。ページビュウ最高になった見たいです。
2013年11月08日
私達家族は1974年から80年までブラジル、サンパウロに
暮らしました。 それまで日本では10年の間、育児の為に
全く絵の具はさわらず狭い社宅の子育ての暮らしをしました。
サンパウロに暮らし友人も出来て 「墨絵の先生」に来て頂くのでと
お誘いを受けました。
日系の先生なのですが日系の公募展では油絵を描かれる先生なので
私は油絵を10年ぶりに描く事になりました。勿論 奥さま相手に
マンションをまわる墨絵グループなので
私の為にはモデルもなくて自分で持参しましたが
日系一世の先生から お話を聞く事が出来
現地の美術界の様子が解かりました。
ブラジルの日系公募展に4度出品しましたが日本から来た厚塗りの「絵」
と言う事で「賞」など頂きました。

ブラジルでの後半は自由な環境なので抽象画を自己流で描き日系の公募展と
現地のブラジル人社会の公募展に出品しました。
全く自分流、右往左往して何とか描いたのですが。。。今、出して見て、
これは現地のキャンバスで日本のサイズの4号と6号の間の大きさです。
もう捨ててしまいましたが30号位の作品を何点か持ちかえりました。

<

今、ご指導頂いている先生に出会うより 20年も前に描いたものですが
現在 教えて頂く「絵の理屈」は全く知らず描いたのになんだか
それに近いものを感じます。
先生が仰る「人の心理」なのでしょうか??
知らぬままのうちに。。一生懸命描いたのが。。

2013年11月07日
隣の駅へ「教室」行きの割引切符を買いに行きました。
ところが改札を出ようとしたら若い方が私の顔の前に
手をふる。。。驚きました。
沿線に住む「嫁」でした。孫息子の学校がこの近くにある
のでPTAの集まりだったとか。。
二人で不思議な出会いのハプニング、驚きました。
「お茶しましょう。」とアップルパイとカフェオレ、、
私の誕生日の月なのでご馳走になり
随分、得をしたハプニング**!!でした。
やはり 家族は家族の話、20年近い付き合いです。
気心も知れ もう一人「嫁」がいるんでそれぞれ私に良くしてくれる。
娘はいないが。。幸せ者の私です。私のH・Pも見てくれて。
私のブログの話が出てそれじゃあ もう一筆書きましょう。と
金婚式の事など言うが女は50年、 何時までも強いものですなあ~~
2013年11月06日
久しぶりに所用があり 埋立地の団地の広い範囲を歩いて来ました。
一枚 上着がいらないくらい暖かい日。
主人も出掛けたのでお昼の時間も気にせずに。。。
帰って、一人で以前に「嫁」がくれていた東京ベイ舞浜カレーのレトルトを
温めて頂く。若者の味。タマには良い。

歯医者さんに歯のメンテナンスをして頂き、葉書サイズの玉葱と
SMの油絵、水仙をかけ変える。
何時も親しい歯科衛生士の方が喜んで下さる。
地元のアチコチに私の小さい「絵」をかけて頂くのが嬉しい。

床屋さんへ主人を迎えに行ったら 帰り際に理容師の青年が
私の白いショートカットを見て 「カッコイイ!」と。さすが職業柄頭を見るのね。
70*でもチョット嬉しいが、しかし化粧をして紅をささないとダメなのよ・・私。
次の「自画像」は素敵なミセスに仕上げたい。

古いマンションは毎日、毎日売却物件のチラシが入る。
世代交代?ここの埋立地も。我が家も。?
フィードに飯田さんの裸婦が・・・裸婦は無理だが私も頑張る。。
2013年11月05日
「絵とつれづれに」を作って頂いてここで丁度2年半になる。
私にとても良いものを作って頂き それ以来 ズットうちで一生懸命。
始めのうちは良く解からず飯田さんに「絵」を出して頂いたり
又海外赴任をしていた息子が休みの時私の「絵」をあちらから
出してくれ、その「嫁」だけが帰国してから家に来て「絵」を
アップする事を私に教えてくれた。
始めの出だしは他の息子夫妻がP・Cを与えてくれた事。
とはいえ私は触ったことがなく 近くのP・Cスクールで文字の打ち込み
からH・Pの事まで教わる。
いま、P・Cスクールには私の小さい「絵」を沢山かけて頂いているので、
時々入れかえにお寄りする。。喜んで下さる。
これで今のように私一人で自由に「絵」を描いてアップ。又、削除・・・
できるようになる迄、マワリの方々にとても良くして頂いた。
今、モデルさんに来てくれるのは孫お嬢さん、冬休みには又ね。
新作を描いていかねばH・Pの「絵」も動かない。。
そういう張りも頂き ブログの合間には「絵」も描かねば。。
そんなこんなで私の「絵」もドンドン増え今、葉書サイズから100号迄
250点位 アップされている。
親しい方には見て頂いて”あげますよ”等というが中々「絵」等は。~~
たまっても溜っても描いていきたい私なので。。**
眠った「絵」をどうしょうか? 世の中は「絵」どころではないらしい。。
2013年11月04日
私はこのところ何処へいっても「絵」の事ばかり考えている。
特に”売れる”と言うわけでもないし 立派な受賞歴もない。
しかし喜んで下さる所にはかけて頂き 私もそれを見て嬉しい。
今日はお買い物に行って、秋の果物を買って来たが
そのつもりではなかったのに帰り道、SMで描いてみたくなった。
今、30号と10号を描きたいのだけど、、SMのちいさいのは久々。
以前は良く描いてかけて頂いたのだが。
チョット気分を変えて何時もと違う構図で描いて見る。
土曜の「教室」は静物画、10号でどんなのが描けるか?な。
飯田さん曰く、私の「絵」は先生に似ているね、と。
それはお手本なのだもの。「絵」とH・Pで楽しめるの先生と
飯田さんのお陰です。
 

 
昨日、今日とアクセス数のわりにページビュウすごいの。
このH・Pに何か面白い事、あるのかな??
このオバサンブログに。。
最近は私は見ていない前まえの「絵描き日記」、何を書いたか開けて
みる。お恥ずかしい・・?
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